会報31地球時代の選択肢

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著者のブログものぞいてみてね→LinkIconアフリカに遊びにおいでよ

第23回            

         「あと一歩」があるかないか

ある通訳の仕事の出張先で、私の携帯電話が壊れました。仕事の連絡は一日二日待ってもらったとしても、一人親になってから、やはり子どもたちとの連絡には携帯電話はかかせません。
まして、自宅から離れている時に限って、こういうことが起こるのは困ったものです。
あまりこういった機器類に長けていない私は、使い始めて約1年半の携帯電話をため息とともに、つくづく見つめてしまいました。

すると、この仕事の通訳をさせてもらっている日本人エンジニア人が、「それはもしかしたら、バッテリーかもしれませんよ」と教えてくれました。何でも日本では新規の契約時、一年半経った携帯電話には、無料で新しいバッテリーが送られてくるサービスもあるというのです。
私はそれを聞いて、きっと私の問題もそのバッテリーだ、と納得してしまいました。この頃ちょっと不振な動きもしていたのです。だまし、だまし使っていたのですが、やはりこれはバッテリの寿命だった、と思うと一挙に不安もぶっ飛んだ思いでした。

そこで、その日の仕事を少し早めに切り上げて、南アアフリカの地方都市のひとつ、Ladysmithの街中のショッピングセンターの携帯電話の店に急ぎました。
私がその店舗に入ったのは、閉業時間の1分前でした。
日本や先進国であれば、鍵の閉まっていない店舗に客が入店したら、たとえ帰りLadysmith 1.jpgLadysmithはダーバンとヨハネスブルグを結ぶN3というFeee Way にある支度をしていたとしても、その客へのサービスはしてくれると思います。

ところが、ここは都合の良い時は先進国、都合の悪い時は発展途上国の南アフリカです。そんなに甘くないのです。

店員たちは、「もう閉店です」の一点張り。
私は、店の中に入っていたのだから、と食い下がりましたが、帰り支度をしていた店ところが、ここは都合の良い時は先進国、都合の悪い時は発展途上国の南アフリカです。そんなに甘くないのです。

店員たちは、「もう閉店です」の一点張り。
私は、店の中に入っていたのだから、と食い下がりましたが、帰り支度をしていた店員全員があきらかに私のことを迷惑扱いです。
一人の店員が、それでも、「いま、あなたにバッテリを売っても、もしかしたら電話機本体の故障かもしれないし、そうしたら、バッテリ代が無駄になってしまいます。だから、これは修理センターに持っていったほうがいいと思う」とのこと。

私は今日はもう何もできない、という彼らの主張を受け入れて、すごすごと店を後にしました。こうなったら、安い電話をひとつ買うしか道はないのかな、とも思いはじめました。Ladysmith 2.jpgLadysmithの街並み時間を稼ぐため、駐車を頼んでいた日本人のエンジニアは、何も手助けしてもらえなかった、という私の報告を聞いて、
「ええ?店舗に入っていたのに、サービスを拒まれた?信じられない!」
と心の底から驚いていました。

そんな顛末を聞いていた、今回の私の通訳をしている会社の若い南ア人エンジニアが、こういいました。
「ちょっと待ってください。あなたの携帯電話の機種を持っている人がこのショッピングセンターの中にはいるはずです。その人間にバッテリを貸してもらいます」
というと駆け足でショッピングセンターの中へ消えて行きました。

私はそれを聞いて、感心しました。確かに、もしもバッテリだけが問題だったら、正常に働いているバッテリを入れてそこで電話が作動すれば、原因がバッテリだとはっきりするはずです。
でもこれって、携帯電話会社の人だったら、当然提案できるはずのことでもあるわけです。

そして案の定、南アではこのごろ、とっても安価になってみんなが持つようになった私のブラックベリーは、同じ機種を持つ人を探し出すのにそう時間はかかりませんでした。それこそ、見ず知らずの人のバッテリを入れてもらった私の携帯電話、入れたとたん、正常に作動したのでした。

でも、お店はもう15分前に閉まっているわけで、こんな田舎町では他の店があるわけでもなく、私は明朝まで携帯電話では連絡がつかない状態になってしまったのです。
この町で宿泊しているホテルは各部屋には電話はありませんでした。
何も起こらないことを願いつつ、インターネット電話を使い、事情を話し、万が一に時の連絡先だけは子どもたちに伝えました。

その晩、ホテルで仕事をしながら、どうしてもこの「あと一歩」が気になって仕方がありませんでした。

私は南アが好きで永住することまで決めている人間です。
だからこそ、南アで問題が起きたとき、日本の価値観を押し付けることはなるべく自分を諌めています。でも、こういうことが起きると、残念で残念でたまらないのです。

サービス業とは、英語からの言葉ですが、人から人へ何らかの媒介を経て、サービスを提供する業種です。携帯電話もそのひとつ。その代理店での対応が私には納得いかなかったのです。
彼らが、あと数分、私のために何らかのサービスを考えてくれていたなら、誰かの持っているブラックベリーのバッテリを私のブラックベリーに入れて、バッテリの動作確認をするのは、2分もかからなかったでしょう。

彼らには、これをする意思がありませんでした。

そして、対照的だったのは、この若いエンジニアです。
彼は、解決策をさっさと考え、躊躇なしに行動し、結果を出しました。これは、文字で書くと簡単なことのようですが、周りが圧倒的にこういうことをしないような社会にあるとき、これができるのは、ものすごく特殊なことなのです。

彼には、この、「何か問題が起きたときに、“あと一歩”の行動が出来る」資質があったのです。

Ladysmith Vodacome.jpgLadysmithのVodacomeのお店私は、日本、米国、欧州、アフリカで生活、仕事をしてきて、この「あと一歩」が出来る人とそうでない人の差をこれでもか、これでもか、と見てきています。
そして、社会が肯定的に前進していくような勢いが感じられるのは、この「あと一歩」が社会を構成しているいろいろな層に行き渡っているようにも思います。

この携帯電話会社には、後できちりと、書面であった事を書いてみるつもりです。意見を持つこと、その意見をどう聞いてもらえる形で社会に訴えていくか、が年長者の役割でもあると思っています。

そして、この若いエンジニアの機転の利いた動きは、彼の上司にはきっちりと感謝とともに伝えておきました。