なめとこ山 第22回



第22回
普天間基地問題と「よだかの星」

「よだかは、実にみにくい鳥です。」この一文で始まる宮沢賢治の童話、「よだかの星」を、皆さんご存知でしょうか。
 最近私は、思うところあって学校の授業で、この「よだかの星」を取り上げてみました。それは、こんな物語です。

 よだかは実にみにくい鳥です。そのために、鳥の仲間からは嫌われ、悪口を言われていま した。しかしよだかは、「今まで、なんにも悪いことをしたことがない」ばかりか、「赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった」ことさえあるのでした。そんな心の優しいよだかなのに、ただ、みにくいという理由だけでいじめを受けているのでした。そればかりか、鳥の世界では最も力のある鷹から、理不尽にも名前を変えろと要求されてしまいます。(鷹にしてみれば、みにくい「よだか」に、鷹の名前が使われていることは、たいへん気に入らないことなのでした。) 「もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。」と鷹はよだかを脅しますが、よだかは本当に困ってしまいます。なぜなら、みにくくても、夜には力強く鷹のように飛ぶというので「よだか」という名前が付けられたのは、自分のアイデンティティー に立脚したことであって、それを失うこともまた、死を意味することだと、よだかにはわかっていたからです。
 そんな時でした。普段は何も気にせずに食べていたカブトムシを飲み込んだ時に、よだかは気が付いてしまったのです。自分は今、強いものに殺されるかもしれないと弱っていたけれど、そんな自分もまた同時に、自分より弱いものを殺して生きている存在なのだということを。「それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺す だろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの、空の向こうに行ってしまおう。」
 よだかは、鷹が自分を殺すのが間違いなら、自分が虫を殺すのも間違いだと結論し、鷹には自分を殺させないためにも、自殺の道を選ぶのでした。でもそれ は、ただの自殺ではなく、最期の最期には、「私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出す」だろうから、なんとかして太陽の傍で、星の近くで、燃え尽きたいという死に方なのでした。(「どうか私をあなたの所へつれてって下さい。」と東西南北の星を回るよだかに対して、星たちは冷たくあしらいます。ある星はまったく相手にもせず、またある星は「たかが鳥じゃないか。」 と言い、またある星は「星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。またよほど金もいるのだ。」 と、身分や資産を問題にするのでした。それは、生前はまったく不遇であった宮沢賢治自身が、世の中から受けた仕打ちであったのかもしれません。) 物語の最後は、こんな文章で終わります。
 「そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。今でもまだ燃えています。」

 どうでしょうか。名前を変えろと鷹に要求されてどうしようどうしようと奔走するみにくい鳥のよだか、一方的に理不尽な要求を言ってくる鷹、傍観者としての多くの小鳥たち、これらの構図は、どこかの社会の図式に、よく似ていると思いませんでしたか。無理に当てはめなくても、私は授業で「よだかの星」を読む時には、いじめの問題であるとか、自尊心の問題であるとか、命の問題などを話題にしていきたいと思っていました。それで、ちょうど今、普天間基地の移転問題が喧しく世間を騒がせているものですから、少々難しい問題とは思いながらも、学校の授業でその話をしてみたのでした。

 もちろん、政府でさえ答えの出せない問題ですから、生徒達に解決案を考えてもらおうというわけではありません。そもそも普天間問題など知らなし、ニュースなど聞いたことがないという生徒もいました。ですから、よだかがいて、鷹がいる関係のように、日本政府があって、アメリカがいて、そこに沖縄の基地のことが複雑に絡んでくるのが普天間の問題なんだよというようなことを簡単に話したわけです。そして例えば、日本政府がよだかで、アメリカが鷹ならば、よだかのとるべき行動は、最後に問題から逃げてしまうような道を選ぶのではなくして、勇気を出して最も交渉をすべき相手「鷹」と真っ当な交渉をする、というのが本来の筋ではないかと、私は思うのでした。

 すべての生き物は、他の生き物の命を食べて生きているのが、この世の中です。それが、生きるという現実です。もちろん、だからこそ何の理由もなく命を粗末 にすることは許されないし、肉や魚の食べ物をいただく時には、「生」や「命」というものに感謝の気持ちを持たなくてはならないのでしょう。ところが宮沢賢治 は、自分の命は尽きても、生き物の命は殺さないという姿勢を貫くよだかを描いたのでした。そこには、賢治自身が厳格な菜食主義者であったということも背景 にあります。(賢治はそのために身体を弱くしたとも言えるのですが、病床にあった彼に栄養をつけさせるために母親は、鯉の生き肝をそれとわからないよう にオブラートに包んで賢治に食べさせたということです。しかしそのことを後になって知った賢治は、肝を食べてしまったことに涙を流したとも言われています。)賢治が、「よだかの星は今でもまだ燃えています」と物語を結んだ意味には、自身が病弱だったが故に、何か少しでも他人のために輝きつづけていたいという、叶わぬ憧憬の念があるのでした。そしてそれは、病床で手帳に書き綴った有名なメモ「雨ニモマケズ」にも通じ、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」けれど、なれなかった・・・、という一種の敗北感からくる悲しい言葉なのでした。

 ですから私たちは、新しい「よだかの星」を見つけなくてはなりません。それは、「私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出す」だろうからと、ネガティブな気持ちで、自分や自分の大切な者を犠牲にして出した光ではなく、自分や自分の大切な者のためにある輝きであるはずです。