なめとこ山 会報47号



第44回

テロに思う

 皆さんこんにちは。あっと言う間に今年ももう師走ですね。今年一年、いかがお過ごしでしたか。
 今年最後の「なめとこ山通信」は、残念ながら暗いニュースの話題となってしまいました。自分の頭の中を、今モヤモヤと占めている事柄です。私たちのこの学校が、「地球冒険学校」だから、考えてしまうことかな、とも思います。少しだけご一緒に、この世界に、今起こっていることに、想いを寄せてみてください。少しのお時間、駄文にお付き合いください。

 11月13日金曜日の夜(日本時間では14日の早朝)、フランスのパリで同時多発テロ事件が起きました。一連のテロによって、130人近い死者が出ました。この、許しがたい暴力の犠牲となられた方々に、謹んで哀悼の意を表します。
 さてそのテロ事件後、Facebookでは、プロフィール画像にフランス国旗を重ねるキャンペーンを始めました。東京都庁でも、東京タワーでもスカイツリーでも、犠牲者への追悼の意を表するためというトリコロールカラーのライトアップを行いました。13日以降、パリではテロ攻撃への厳戒態勢が続いています。日本からフランスへの旅行や出張が取りやめになったということも聞きます。そして、アメリカ、フランス、イギリス等の国々による、ISへの空爆が止みません。
 様々な意見を聞きました。イラク、シリアへの空爆はやめるべきだという意見や、いや徹底的に空爆すべきだという意見の人もいます。空爆を続けろという考えの人でも、空爆によって、ISの(ISが壊滅したとしても、その次なるISたる組織による)テロ攻撃がなくなるとは思っていない人が、多いようなのです。(さらには、やられたらやり返すのが当たり前だ的な、あるいはもっと、目的もない鬱憤晴らしの衝動から空爆を肯定するような意見も散見しました。)なぜこんなにも人は、憎しみあい、殺しあうのでしょうか。日本人はこんなにも好戦的だったでしょうか。
 中東やアフリカでは、テロは日常茶飯事に起きていると言えます。現にパリの事件の前日には、レバノンの首都ベイルートで、2件の連続自爆テロによって43人が死亡し、ナイジェリアでも10月23日の連続テロで、少なくとも55人が死亡しました。そうして起きたパリでの同時多発テロですが、私はWeb上で、こんな記事を目にしました。「ベイルートで私の知人が死んだことより、世界にとってはパリの他人が死んだことの方が重要なようだ。(ベイルートのテロでは)Facebookに安否確認ボタンもなかったし、世界の有力な政治家や多数のネットユーザーが『無事だ』と伝えるのを見ることもなかった。」(レバノン人、ジョーイ・アヨブ氏のブログより。)私がひしひしと感じたことは、フランスのテロを生んだそもそもの原因にも、空爆良しとする考え方にも、中東やアラブ、あるいはイスラム社会に対する偏見や差別思想が、西洋人には根強くあるに違いないということでした。
 私ももちろん、テロという暴力には反対です。ただ、自分の身に起こっていないから、私の親しい人が被害者になったわけではないから、なのでしょうか、イラク、シリアへの空爆にも反対なのです。住む家を破壊され、郷土を蹂躙され、朋友や家族の死を目の前にした者が、どのような心で生きていくでしょうか。テロリストに同情するのではないのですが、憎しみによって新たなテロリストを生んではいけないと思うし、私たちはテロリストと同じことをしてはいけないと、普通に思うのです。・・・私は、甘いですよね。こういうのを、平和ボケというのかもしれません。
 思えばいつから、世界は変わってしまったのでしょうか。「9.11以前と、それ以降」という言葉は、よく目にします。池澤夏樹氏は戒めの気持ちを込めて、「われわれは2001年の9月11日から真の21世紀に入りました。」(『新世紀へようこそ』より)と言います。あの時から、ブッシュ大統領が世界を、「われわれか」「テロリストか」と、二分してしまったわけですが、本当にそんなに単純なものでしょうか。9.11のテロの時にも、私は何だかモヤモヤとした気持ちを抱いたものでした。その時私は、ブログにこんな文章を書きました。

 Vulnerabilityという言葉を、新聞記事の中で見つけた。(「ボルネラビリティ・脆弱さ」とあったけれど、正しい発音は、バル・・かな。)日本語では「もろさ・もろい」、と言うのがそれに近いのかなって思って、もろいなら、fragileって言葉もあるなぁと、思った。実はちょっと前に友達が、今回のテロ事件を受けて勤め先の会社でも爆弾騒ぎがあったとかで、「自分自身の人生も実はものすごくVulnerableなんだって思いました。」と、メールを送ってくれていた。外資系の会社に勤めるその人が、Vulnerableのうまい日本語が見つからないって言ってたもんだから、ちょっと辞書で調べたりした。
「Vulnerable」は、ラテン語の「傷つける」という意味から来た言葉だそうで、「(要塞などが)攻撃されやすい」というのが、元々の意味みたい。前出の友人も、「さらされている、という意味の弱さかな」って、教えてくれた。もちろん、weakとか、fragile、frail、feebleなんかとは、ニュアンスの違う言葉だ。そんなことを考えると、強い・弱いを表す日本語の語彙って少ないなぁって、思った。日本人って、強いとか弱いとかをあまり意識する民族ではないんだろうなぁとも思ったり。
 日本は、どちらかというと耐える文化だ。耐える、堪える(こらえる)、忍ぶ、凌ぐ、堪える(こたえる)、堪る(たまる)・・・。英語では、例えばstandにしてもresistにしても、我慢するというより抵抗するって意味が強い気がする。(endureにも、そんなような意味はあるのかな。)
 耐えるのは、積極的な強さではないけれど、それは弱さでは、ない。ガンジーが唱えたのも、非暴力不服従だったことを考えると、農耕民族と、狩猟民族との、文化、意識の違いなのかなぁと、思ったりする。だから、アジア民族としての答えの出し方って、あってもいいと思うんだよなぁ。

 十数年前の、稚拙な文章です。ただ、私は今でも、そんなことを思っています。アジアの人間として、非暴力不服従でテロに対抗したいと。けれどあれから十年以上が経って、日本を取り巻く雰囲気は、もっと積極的な、悪く言えば攻撃的で暴力的な空気が支配的なのかもしれません。ニュース番組のキャスターが「空爆もテロだ」という発言をすると、「週刊文春」「週刊新潮」の大手週刊誌二誌ともに、そのキャスターに対する批判記事を掲載しました。国民の世論は、空爆支持が大勢なのでしょうか。それともこれは、政権による圧力ですか。日本の政治の状況は、次第に戦争へと舵が切られていった大正から昭和の初め頃に似ているという人もいます。
 フランスのテロが起きて、私たちはこれまでと同じようには、海外旅行をすることは出来なくなるだろうという意見を聞きました。安全と思っていた国でも、何が起きるかわからないのが、今の世界状況です。ところで大学生の時には私は、どこへでも行けるような気がして、実際にどこへでも旅をしていたような気がします。その気持ちは日本国内から海外へも飛び出していくのですが、まず中国を自転車で旅してみたくて出かけたことがありました。(そのことは以前、この「なめとこ山通信」でお話ししましたね。)けれどあの年は、天安門事件の翌年で、私は自転車を香港から中国入国の国境で、取り上げられてしまったのでした。思えばあの頃から、自分の周りの世界は、次第に歩きにくく、遠い国は本当に遠くなっていくことにもなったのでしょうか。アラブの砂漠や、中東のモスクなど、きっともう、見に行ける機会はないのです。

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。

 萩原朔太郎が「旅上」で詠んだフランスは、実際に遠い外国でした。それから時が経って、日本人は、世界各国へ出かけられるようになりました。けれども再び、フランスは遠い国になろうとしています。この、閉塞した世界の状況を、私たちはどうすれば変えていけるのでしょうか。鬱屈とした思いでつい、「テロに思う」などという文章を書き始めて、しかしまるで先が見通せなくて、しばらく私は何も書けないでいました。(編集長、原稿遅れてしまったこと、申し訳ありません。)
 けれど先日、私はテレビを見ていて、あるいはWebを検索していて、なんだか少し救われる思いをしたのです。「私はイスラム教徒です。ひとは私のことをテロリストと言います。私は皆さんを信じます。皆さんは私を信じますか。信じてくれるならハグしてください。」というボードを足下に置いて、パリの街角に立つ男性が、そこにはいました。やがて、男性を抱きしめる人が、一人、また一人と現れたのでした。人は信じあえると、私は思いました。あるいは、パリの事件で死傷者が出たカフェバーには、「私はテラス席にいます」と横断幕が掲げられて、たくさんの人が窓際の席でカフェオレを啜っていました。暴力など必要ないと、私は実感できました。またあるいは、事件で妻を亡くしたフランス人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさんの「君たちを憎むことはない」という文章が、私に、テロに屈しないあり方を示してくれたのでした。

私は君たちに憎しみの贈り物をあげない。君たちはそれを望んだのだろうが、怒りで憎しみに応えるのは、君たちと同じ無知に屈することになる。君たちは私が恐れ、周囲に疑いの目を向けるのを望んでいるのだろう。安全のために自由を犠牲にすることを望んでいるのだろう。それなら、君たちの負けだ。私はこれまでと変わらない。

 パリの人達は強いなぁと、思いました。その強さが、どうか攻撃や暴力に変わりませんように。私は、フランスに行ってみたくなりました。