地球時代の 会報64号



第64回            

NHK BS1国際報道への抗議

コロナ渦中、皆様お元気でお過ごしでしょうか。日本では、「自主規制」という、南アフリカから見るとかなり緩やかな規制が社会にかかっているようですが、南アフリカでは3月27日からロックダウンと言う、かなり大掛かりな社会封鎖(都市封鎖では田舎も含めると適当な訳語ではないですね)が続いています。
ただ、この社会封鎖にも段階があって、現在は一番厳しかったレベル5より一段階緩和され、現在はレベル4になりました。この段階で、私のしている事業の一つ、日本食のデリバリーサービスを再開しました。6月1日にはレベル3になるという報道もあります。
さて、こんなに遠く離れた南アでも、私はNHKの衛星放送の国外版、ワールドプレミアムというサービスを利用し、受信料を払っています。日本から流れてくるニュースを各国の他の放送局と比べながらいろいろなことを考えたり、書いたりしているのです。
そんな中、『国際報道2020』の中で取り上げられた南アフリカのニュースに見過ごすことのできない部分がありました。熟考の末、以下のように抗議の声をあげました。たった数分のことですが、なぜ、NHKという組織が間違った情報を流すのか。「アフリカ」という地域にかかる不必要な差別や偏見を促す姿勢は看過できない、と強く思いました。

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NHK BS1国際報道への抗議
2020年4月30日に放送されたNHK BS1『国際報道2020』に在南アフリカおよび在アフリカの日本語コミュニティから多くの抗議の声があがっている。
この番組では、NHKのヨハネスブルグ支局長の別府正一郎氏が現地からの報告をしている。しかし、実際に南アフリカに暮らす私を含む多くの人間が、彼の報告、および東京のスタジオにいるコメンテーターたちの発言には事実誤認、途上国への蔑視、差別があまりにも露骨であると認識している。このことが、簡単に安易な「訂正」だけで葬り去られないためにも、どこがどう間違っているか、何が事実と異なっているかを記録にしておくことが必要だと思った。
また、こういった誤認、差別、偏見、思いこみに満ちた報道によって、南アに家族・友人のいる南アの外にいる人たちを不必要な不安に陥れ、どれだけ心配をかけたか想像して欲しい。ロックダウンの中、日本へ戻れずに南アに留まっている人もいるのだ。
<計算しつくされた南アのロックダウン政策>
1ラマポーザ大統領 .jpgロックダウン宣言の演説で国民の心を一つにまとめたラマポーサ大統領 南アフリカの大統領シリル・ラマポーザ氏は、一連のロックダウンを国民に丁寧に説明してきている。
2020年3月23日 ロックダウンを同月27日午前零時より実行することを発表。発表から実施まで3日間の猶予を国民に与えた。この発表のとき、ロックダウンは21日間であることを表明。
2020年4月9日 ロックダウンが開始されてから2週間目の9日、ロックダウンを4月30日まで延期することを発表。このスピーチは歴史に残るべく優れたもので、国民に対し、どうして延長が必要か、どういった職種がロックダウン中に仕事をすることを許されるのか、など多項目に渡り詳しく説明。ソーシャルメディア、マスコミの報道でも、人種を問わず多くの国民・住民が大統領支持の意見を表明していた。
2020年4月23日 ロックダウン最終日(30日)の1週間前、ロックダウンには5レベルがあり、5月1日からは現在の最も厳しいレベル5より、一段階緩和されたレベル4に移行することを発表。同時に、数日中に、各省庁のトップよりどういったことがレベル4に緩和されるのかも発表することに言及。4月22日には、段階別の制限が詳しく書かれているチャートが、複数のルート(ソーシャルメディア含む)から公開されていた。
ラマポーザ大統領は、こういった政策を実施するにあたり、企業・個人への保証にも言及しており、金額は小額でありながらも、失業保険を主体とした給付制度なども開始されている。
こういった一連の発表のタイミング、および内容が、「偶発的に起こった事件による結果」でないことは自明の理であり、ロックダウン段階解除の理由が、NHKの国際報道の当初の番組広報時に使われていた『南アフリカが治安崩壊でロックダウン解除』には当たらない。

<煽るタイトル>
前項でも述べたように、Twitter上では現在で消されてしまっている『南アフリカが治安崩壊でロックダウン解除』とは、ヨハネスブルグ支局長の別府正一郎氏が書いたものではないのかもしれない。センセーショナルな見出しがなければ、アフリカへの関心を呼び込めないと思い込んでいる、アフリカに一歩も足を踏み入れたことのない、東京のNHKの一室にいる局員によって作り出されたものなのかもしれない。
しかし、NHKは受信料という豊かな財源を持つ組織だ。「行ったこともないアフリカ」の都市のヨハネスに支社を持つ組織だ。こういった彼らが思い込む、安易なタイトルの底に、アフリカへの蔑視・差別がないだろうか。
アフリカ、と言えば、ライオンが歩き、ゾウが水しぶきを上げる。子どもたちは飢え、女性たちは暴力に怯え、というイメージを多くの人が持つのは、こういったステレオタイプでしかアフリカを題材として放送してこなかった多くの大手マスメディアにも責任があると思う。
そういった根拠のないふわふわとした偏見を、確かなジャーナリズムを以って正し、報道し、真実を伝えていく、という姿勢さえあれば、事実と異なる、煽ることが目的のこういったタイトルを持ってくる必要もなかったはずだ。
<南アフリカにおける検査の特異性>
番組の中で、東京のスタジオにいたコメンテーターの一人が、チャートを示し、「4月29日には南アの感染者は5350人に上り、減少の兆しは見せていません。その中でのロックダウンの解除は大丈夫なのか」という発言をした。この発言で私が首をかしげたのは、数字の比較というものは、その分母が揃っていたり、環境的な条件が比較に値する場合ではない限り、数字が一人歩きするのでないか、ということだ。
南アで、新型コロナウイルスの検査を受けた人数は5月2日現在230,686名。(出展https://www.iol.co.za/news/politics/breaking-news-sa-now-has-6336-confirmed-covid-19-cases-123-deaths-47476019)それと対比して、日本での検査人数は152029名。(出展:https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

日本の人口が126,180,643人2019(令和元)年5月1日時点、南アの人口は5,778万人(2018年:世銀)。WHOでも奨励しているように、とにかく検査を徹底的にして、その後の対策を練らなくてはいけないのは世界共通の認識だ。
そうした中で、一万人当たりの検査数が南アが39.9人、日本が12.0人という事実を知っているからこそ、「南アの感染者は5350人にもなるのにロックダウンの解除は大丈夫なのか」という上からの目線の発言に、ここでもアフリカへの蔑視を感じてしまった。
さて、南アは、いわゆる途上国でありながら、どうしてここまで検査数を伸ばすことができたのだろうか。実は、南アはHIV/Aids の感染と闘ってきた歴史があり、かなりの田舎でも、HIV/Aidsのテストに慣れた熟練の医療従事者がたくさん存在する。彼らのこういった貢献などがまったく注目されていないのも不思議である。
<ロックダウン下での南アフリカの現実>
ギャング・ダニー.png2020年5月2日ギャングのボスの一人であるDannyと呼ばれる人物が、普段はライバルのギャングたちと共同で、援助物資を貧しい人たちに配給していた。 . (撮影:AP Photo/Nardus Engelbrecht) この放送は、経済的理由から各地で暴動が起き、その結果、ロックダウンを解除するしかなくなった、という事実と違う情報で番組の宣伝をしていた。確かに、暴動は数件起きている。が、あえて番組が報道しなかった部分に南ア独自の社会背景があるのではないだろうか。
最初の商店への襲撃は4月12日にープタウンの近くの町で起こった。が、注目しなくてはいけないことは、この商店とは酒屋であったこと。ロックダウン中、南アでは酒・たばこの販売は一切禁止されている。
番組で意図したかった「食べるものに困った民衆が商店を襲った」という映像を流していたが、実はその商店は食料品店ではなく、酒屋だった、という事実はあえて伝えられていなかった。
また、学校が襲撃されていることは事実だ。子どもの辞書が焼かれている光景を映し、支局長の別府さんがその焼かれた辞書を持って、「信じられません」と言っていた。これも、犯人たちがあえて辞書を焼き払ったとも取れるアングルだが、そうではないだろう。
学校が襲撃されるのは、学校はコンピューターが配置されている場所、と犯罪者軍団に認識されているからだ。そして、コンピューターは現金化がし易い物品である。子どもたちの将来をぶち壊したいから学校を襲撃して泥棒をして、証拠隠滅のために学校を焼き払ったのではない。また、こういうニュースが流れると、そういったことを真似する犯罪が連鎖して起こってしまうのは途上国の現実なのかもしれない。
南アは確かに、世界でも有数の犯罪が多い国だ。
が、このロックダウン中、以下のように2019年と2020年の3月において、殺人、強姦といった犯罪数が激減している。こういったロックダウンが生み出す南ア独自の社会現象こそが、ニュース性もあり、また、日本にいたのでは知りようがない現実だと思う。

図1.jpg

(出展:https://www.iol.co.za/news/south-africa/south-africa-records-drastic-drop-in-violent-crimes-during-lockdown-46340549
最後に、この番組は日本での視聴率がどのくらいあるのかは私の知るところではない。だが、多くの在アフリカの日本語を操る人間は、NHKの国際放送を見ている。南アではちょうど夕方の時間帯にこの番組が見ることができ、ニュース源として日本のジャーナリズムが世界の他の番組とどうニュースを捉えているかの違いを見るいい機会になっている。ニュース源として日本のジャーナリズムが世界の他の番組とどうニュースを捉えているかの違いを見るいい機会になっている。私はNHKのプレミアムサービスの会員で毎月受信料を払い続けている。
そして、在アフリカの多くの日本人にはBBC、CNNであれ、Al Jazeeraであれ、世界のニュースを英語でも知ることのできる人材が多い。その中でNHKがこれからも日本発の優良なニュースソースとして存在するのであれば、ぜひ、そのニュースをそのまま英語、フランス語などに直しても他の国のニュース番組と遜色のない質を保って欲しいと願う。今回、この国際放送のジャーナリズムは多くの在アフリカ日本語話者をがっかりさせ抗議の声を上げさせた。訂正の仕方もいまのTwitter上の姑息なものではなく、真摯に自分たちの姿勢を謝罪し訂正して欲しい。

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この記事を発表してすぐ、南アフリカに関係する日本人、日本語を話すコミュニティから、「この報道をこのままにしておいてはいけない」という声が上がり、アフリカ日本協議(JAF)の理事である津山直子さんが中心となり、ZOOMを使って、緊急のセミナーも開かれました。
以下のリンクで当日のまとめがご覧いただけます。
LinkIconZoomセミナー報告: 南アフリカ共和国の新型コロナ対策の実像http://ajf.gr.jp/report-webinar-06may20/?fbclid=IwAR24efX9TlcQzuLq9YqfKly72JLoatcvhtrSF-kj8n6WZnY3bkiYZmfKyM4
参加者は全員が、南アを大事に思い、南アを意図的に貶めるような報道に関し、その報道姿勢を正して欲しい、と願う人たちばかりです。
在南アフリカ日本大使である丸山則夫氏によって、上記の私の記事は外務省でも共有されたようです。また、これを英語にして、在日本南アフリカ大使館にも詳細を説明させていただいております。
この記事を発表したのは、5月3日です。NHKには正式に抗議の文章を送っていますが、5月23日現在に至るまで、何の返事もありません。
NHKが真に国際的な報道を目指すのであれば、こういった声を無視するのは得策とは思えないのです。これからのことはまたご報告させていただきます。